町の光となりたい(沖縄・聖クララ教会)

 

 ↑毎朝6時半から聖堂でささげられるミサ

 

 

  ↑祈りの音色が響き渡る聖堂

 

 

 ↑教会から望む与那原の町。逆に、町のどこからでも見えるのが、この教会である。

 

 

 

 1947年、宣教師であるカトリック司祭らによって、沖縄の地に種が蒔かれた。後に得られた実りのひとつが、聖クララ教会の愛称を持つカトリック与那原教会である。 1945年の敗戦で、沖縄は全土にわたり疲弊していた。衣食住の欠乏、医療施設の不備、教育環境の崩壊、戦争で働き手を亡くした家庭の貧窮など、対処すべき難問が山積し、悲惨な重苦しい忍従の時代だった。教会はこうした必要に対して活動を行う一方、戦災でうちひしがれた人々の心を癒す憩いの場になった。

 そんな時代から今にも至るまで、聖クララ教会は地域住民から愛され、「与那原の宝」と言われてきた。「『持ちつ持たれつ』ではなく、『持れつ持たれつ』です」と言う地域住民の言葉からもわかる。

 働きの中心を担ってきた修道女たちが神の愛(アガペー)を実践することによって、種は多くの実を結んだ。「あなたがたの光を人々の前に輝かしなさい。人々が、あなたがたの立派な行いを見て、あなたがたの天の父をあがめるようになるためである」(マタイ5・16)という聖句が成就するかのように「与那原の光」となったのである。

(月刊誌『信徒の友』「聖なる光と祈りの空間」2014年11月号より)

 

 

 

 

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