書籍『日本のキリスト教史』のカバー画を担当させて頂きました!

 

立教名誉教授鈴木範久先生の新刊『日本キリスト教史 年表で読む』(教文館、2017年)のカバー画を担当させて頂きました。

 

感謝です!

 

内村鑑三の研究者でも有名な方です。

 

以下、書籍帯から転載。

国家の宗教政策との関係と、文化史的・社会史的な影響とを両軸に捉え、キリスト者が日本にもらしたもの何かを総合的に明らかにする。巻末に詳細な年表110頁を収録。

 

 

 

今回カバー画の制作依頼を教文館の担当者から受けました。

(オフィシャルサイトのお問い合わせから)

 

ひとまず、担当者に電話をしたところ、書籍におけるキリスト教史の概要を伺いました。すると、妙に熱いものがふつふつとこみ上げてきました。それは、6、7年前から長崎県の数々の教会や迫害地を訪れ、たくさんの人と交わりのときを持ち、現在も生きている隠れキリシタンの帳方の方とも話し合いました。また、数多くの文献を精読し、実際に長崎県の五島列島にも半年以上住むことで、主から戴いた目、耳、鼻、口、手、足等を通して、実際に体験しました。

 

それらの経験から、カバー画の仕事に興味を受けました。

 

当初は、出版社の担当者から、共著『日本の最も美しい教会』の写真の一部をクローズアップで使用させて頂きたいとのことでした。ただ、私的には、「どうかな~」と、あまり乗り気にはなりませんでした。何故なら、クローズアップ写真で際一つの教会に絞ることができないし、もっと強いメッセージを伝えたかったからです。

 

そこで、私が提案したのは、油絵での作品でした。

 

遠藤周作の『沈黙』を読んだり、長崎県五島列島の久賀島、島根県の津和野、長崎県の外海などを訪れたりすると、250年以上の迫害、弾圧は、尋常ではないものだと感じます。例えば、自分がその時代に生まれたとしたら、自分が生まれて死ぬまで闇の世界の中で生き、さらに、自分の両親も、自分の祖父母も、自分の子どもも、同様に生まれてから死ぬまで闇の世界で生きるしかできない時代…。罵られ、蹴飛ばされ、唾をはかれ、こめかみにに穴をあけられて宙づりにされ、冷たい池に沈められ意識を失い欠けたら上げられ、そして、また冷たい池に沈められる。まさに闇の中の闇の時代であった。そんなかでも、神の光を信じ、信仰を捨てないクリスチャン。

 

西洋のように十字架を高々と掲げられなかった時代。

十字架は、心の中で高々と掲げていた時代であった。

 

そんな十字架を表現したかった。伝えたかった。

 

そこで、描いたのが、《光の十字架》でした。

 

 

 

最後に、このような仕事を依頼してくださった出版社の担当者に対して、この場を借りて感謝の気持ちを伝えたいと思います。

ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

カバー画 鈴木元彦

《光の十字架》2017年より(部分)

S10号、土、油彩/カンヴァス

写真 Motohiko David Suzuki

 

アマゾンからもご購入いただけます。 

 

 

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