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アマチュア建築家からの出発であったヴォーリズは、建築そのものをキリスト教精神の表現と捉えていた。

1947年、宣教師であるカトリック司祭らによって、沖縄の地に種が蒔かれた。後に得られた実りのひとつが、聖クララ教会の愛称を持つカトリック与那原教会である。

緑豊かな川崎市麻生区にあるまぶね教会は、なだらかな坂を登った小高い山の中腹に立つ。

茨城キリスト教大学のキャンパス内で最も閑静な場所に、ノアの箱船を彷彿させる赤いレンガの外観をもつ礼拝堂《サンタ・キアラ館》がある。

1868(明治元)年、世界遺産モン・サン・ミッシェルで有名なノルマンディー地方出身のマルコ・マリ・ド・ロ神父(1840~1914)は28歳で、「信徒(隠れキリシタン)発見」を成し遂げたプチジャン神父と共に長崎に渡来した。そして天に召されるまでの46年間、一度も帰国することなく、伝道と社会事業に終生貢献した。

九州の最先端に位置する五島列島。キリシタン弾圧から逃れてきた人々は、過酷な迫害にも屈せずに強い精神を持ち続けながらも、心身の苦労はもちろんのこと、経済的にもどん底まで落とされていた。「棄教する」と言えばそれらの苦しみから逃れることができたが、その一言を口にしなかった。

日本で最初のキリシタン大名大村純忠(1533~1587)が治めていた長崎県外海地方では、キリシタンたちは徳川幕府が発布したキリシタン禁教令による1614年の長崎の教会弾圧にもめげず、根強く潜伏し、信仰生活を守り続けてきた。

フランシスコ・ザビエルから洗礼を受けた九州の戦国大名大友宗麟(1530~1587)は、細川ガラシャの墓(高桐院)があることでも有名な京都市北区の臨済宗の禅寺・大徳寺に瑞峯院を建てた。

栃木県と福島県の境界に位置する那須山の裾野で隠世共住修道生活をしている修道女たちがいる。

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